まず、借家権が遺産分割の対象となるかが問題となります。この点、借家権が使用借権に基づく場合、借主の死亡により消滅しますので(民法599条)、原則として遺産分割の対象とはなりません。しかし、裁判例の中には、民法599条の規定にかかわらず、個別具体的な事情を考慮し、建物所有目的の土地使用貸借及び居住用建物の使用貸借が借主の死亡によっても当然には終了しないと判示するものもあり(建物所有目的の使用貸借につき、東京地判平5.9.14、居住用建物の使用貸借につき、東京地判平元.6.26)、例外的に不動産の使用借権が遺産分割の対象となる場合があることには注意が必要です。
一方、借家権が賃借権に基づく場合、賃借権は相続開始により共同相続人による準共有状態となりますので、これを解消するために遺産分割をする必要があります。なお、居住用建物の賃借権については、相続の対象とならないという見解も存在しますが、判例(最判昭42.2.21)は居住用建物の賃借権の相続性を認めており、借地借家法においても相続性を否定するような規定がないため、原則遺産分割の対象となると考えられています。もっとも、公営住宅を使用する権利につき、判例が、相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はないと判示している点には注意が必要です(最判平2.10.18)。
・参考判例
・内縁の夫死亡後その所有家屋に居住する寡婦に対して亡夫の相続人が家屋明渡請求をした場合において、前記相続人が亡夫の養子であり家庭内の不和のため離縁することに決定していたところ、戸籍上の手続きをしないうちに亡夫が死亡したものであって、また、相続人が当該家屋を使用しなければならない差し迫った必要がないのに反し、寡婦の側では子女がまだ独立して生計を営むに至っておらず、前記家屋を明渡すと家計上相当重大な打撃を受けるおそれがあるなどの事情がある場合には、明渡請求は権利の濫用として許されないものである(最判昭39.10.13)。
・家屋賃借人の内縁の妻は、賃借人が死亡した場合には、相続人の賃借権を援用して賃貸人に対し当該家屋に居住する権利を主張することができる。しかし、だからといって内縁の妻が相続人と並んで家屋の共同相続人となるものではない(最判昭42.2.21)。
・家屋賃借人の唯一の相続人が行方不明でその生死も判然としない場合において、家屋賃借人の内縁の夫が賃借人の死亡後も引き続き家屋に居住する等家屋賃借人の家族共同体の一員であると認められるときには、内縁の夫は、家屋の居住につき家屋賃借人の相続人の賃借権を援用して賃貸人に対抗し得る(最判昭42.4.28)。
・相続人が相続した建物賃借権を被相続人の内縁の夫が援用できる場合には、賃貸人が相続人との間で賃貸借契約を合意解除しても、その解除をもって援用権者たる内縁の夫に対抗することができない(東京地判昭63.4.25)。